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	<title>考え方 | 森が木を見ています。</title>
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	<description>毎月1000人以上と接する現場で、一人一人の顔を見て、発言を聞きながら、思いついたこと、気づいたことなどをつらつら書いています。森も見て、木も見てます。</description>
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		<title>共感不要</title>
		<link>https://memo.mamion.net/2021/10/14/1582</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[blog]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 14 Oct 2021 10:45:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[考え方]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>目次 相手の存在を理解するように努めることアジアゾウさんが好きなんですよ。共感よりも、なりたさをサポートしたい 相手の存在を理解するように努めること 共感ということが、とても苦手だ。自分自身のことすら時折理解できなくなる [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://memo.mamion.net/2021/10/14/1582">共感不要</a> first appeared on <a href="https://memo.mamion.net">森が木を見ています。</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<figure class="wp-block-image size-large"><img fetchpriority="high" decoding="async" width="1024" height="768" src="https://memo.mamion.net/wp-content/uploads/2021/10/22132850-1024x768.png" alt="" class="wp-image-1583" srcset="https://memo.mamion.net/wp-content/uploads/2021/10/22132850-1024x768.png 1024w, https://memo.mamion.net/wp-content/uploads/2021/10/22132850-300x225.png 300w, https://memo.mamion.net/wp-content/uploads/2021/10/22132850-768x576.png 768w, https://memo.mamion.net/wp-content/uploads/2021/10/22132850-1536x1152.png 1536w, https://memo.mamion.net/wp-content/uploads/2021/10/22132850.png 1600w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption>共感しているふりをしながら寝る熊</figcaption></figure>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">相手の存在を理解するように努めること</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">アジアゾウさんが好きなんですよ。</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">共感よりも、なりたさをサポートしたい</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">相手の存在を理解するように努めること</span></h2>



<p>共感ということが、とても苦手だ。<br>自分自身のことすら時折理解できなくなるのに、他人の感情を共に感じるなんて、無理な話だ。</p>



<p>「女子だから共感できる」？<br>その主語の大きさに共感できない。1mmも共感しない。共感できないのではない、しないと決めている。</p>



<p>「共感力が高い方が人の心が云々」？<br>その共感が本当に正しいとどうやったらわかるのだろうか？1mmもわからないし、わかろうとしない。</p>



<p>弊社にはいろいろなお客様がいらして、いろいろな境遇で育ってきて、セロリが好きだったりピーマンが嫌いだったりするわけで、いちいち共感していたらこちらのアイデンティティが崩壊する。<br>「さっきまでセロリ好きって言ってたじゃん」<br>「なんで今、ペロリ好きって言い間違えたの？」と無駄な炎上に発展しかねない。<br>「にわかだ！」とか、責められることを考えると気の小さい私はどこかに逃げたくなる。</p>



<p>そこで、私が気を付けてやっていて、スタッフにも意識するように言っているのが</p>



<p>「共感しなくていい、存在を理解するように努力しよう」ということである。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">アジアゾウさんが好きなんですよ。</span></h2>



<p>私は、アジアゾウが大好きだ。</p>



<p>暑い日の耳パタパタしているのとか、嬉しい時にしっぽピーンってなるのとか、シャインマスカットを食べるときの超嬉しそうな顔とか、子象が砂山から滑る時に本当に楽しそうなところとか、とにかく、アジアゾウさんを見るのが大好きなのだ。</p>



<p>ゾウ仲間はいう「わかるわかる～！！超かわいい！」</p>



<p>完全なる共感だし、共感する気持ちも分かる。だってかわいい。</p>



<p>しかし、残念なことに多くの人は、全く共感できない。共感するポイントを見つけられない。あんなにかわいいのに。共感できない人と私との共感ポイントもない。実に、ベン図の〇がちょびっとたりとも重ならない。</p>



<p>そういう経験があるからこそ、私は「存在を認める」。というと、上から目線だと言われてしまうので「存在を理解する」としている。</p>



<p>「アジアゾウ好きな人がいる」「気持ちはわからないが、存在はしているのを理解している」</p>



<p>これでいいんじゃないのかなー</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">共感よりも、なりたさをサポートしたい</span></h2>



<p>数学ができない人がいる。数学ができない人や、Excelが苦手な人が弊社に通学している。</p>



<p>できない原因はいろいろある。それぞれ、認める。「そんなわけない」などとはいわない。<br>わからない気持ちわかるとも言わない。そんな気軽に共感できない。<br>色々ありすぎる。わかったふりをしたくない。</p>



<p>しかし、重要なのは、通学している人が、これからどうなりたいかだと思う。</p>



<p>共感なんかしなくてもいいから、現状を把握して、何が必要かを洗い出して、必要なものを身に付けてもらい、その人がなりたいようになることを後押しして、なれた瞬間に私のことなんて忘れてしまうくらいがちょうどいい。</p>



<p>いわば、跳び箱の前にある踏み台になりたい。</p>



<p>共感という言葉を聞くたびに、排外主義的なものを感じてしまうへそ曲がりなのだ。</p>



<p>わかるひと仲間以外、共感できない人は、他人、という傾向は、中にいれば楽しいけれども、何らかのタイミングで外に出てしまったらつらいだろう。</p>



<p>私は最初からうまく中に入れないのでずっと指をくわえてみているだけなのだけど。</p>



<p>ということで、弊社の考え方の1/たくさん　「存在を理解するように努める」の解説でした。</p>



<p>久しぶりに文章書いた。だれも見ていないブログなので、今後指ならし程度に書き散らしたいと思っている。</p>



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		<title>自己評価の恐ろしさ</title>
		<link>https://memo.mamion.net/2017/08/30/26</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[blog]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Aug 2017 09:14:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[考え方]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>自分のことは自分がよくわかっている。というのは、嘘だ。 教育現場にいると、自己評価が高い人ほどできない傾向があり、自己評価が低い人は、超できる人か本当にできない人のどちらかだ。 例えば、数学教室にて。 「私、高校まで数学 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>自分のことは自分がよくわかっている。というのは、嘘だ。</p>
<p>教育現場にいると、自己評価が高い人ほどできない傾向があり、自己評価が低い人は、超できる人か本当にできない人のどちらかだ。</p>
<p>例えば、数学教室にて。<br />
「私、高校まで数学やっていたんですけど忘れちゃって」<br />
という方ほど、小数点の計算や文章題の基礎を忘れてしまっている。</p>
<p>「私昔から数学苦手で」<br />
という方は、中2くらいまでの数学はしっかりできているコトが多い。</p>
<p>パソコンにしかり。<br />
自己評価と客観評価が同じなのは英語くらいだろうか。</p>
<p>謙遜しているのではないか、という意見もあろうが、そうでもなさそうだ。</p>
<p>自己評価があてにならない理由について考えてみよう。</p>
<p>自己評価の前提に、他人がいる。周りの友達に比べて、環境に比べて、脳内の友達に比べて、私はできるかできないか、自己評価が高いか低いかが決まる。<br />
同じ人でも周りにできる人が多ければ、できないという評価になるし、そうでない場合は、できるという評価になる。</p>
<p>しかし、それだけでもなさそうだ。</p>
<p>「過去の自分がキープされて今の状態になっている」と信じて疑っていない人がいる。<br />
いわゆる、劣化認めない系（？）である。<br />
中学から勉強していないが、そこまでは知識を詰め込んだので、その間に減ることはないだろうという妙な自信である。</p>
<p>自信と言えば、<br />
「覚えればいいんですよね」と仰る方がいる。<br />
「忘れちゃって本当に恥ずかしい」と仰る方がいる。</p>
<p>忘れちゃって恥ずかしい。というのは、自分が覚えている自信があることが前提なのかと毎回聞いているのだが、もしかしたら、自分に対する過信が、自信につながっているのかもしれない。</p>
<p>私が、忘れるわけがない。<br />
私が、劣化するわけがない。</p>
<p>自己評価の対象は、数十年昔の自分だから、客観評価だとできていないところが、自己評価だと高くなる可能性もある。</p>
<p>スタッフの合い言葉は<br />
「自己評価を信じてはだめ。」である。</p>
<p>自己評価ほどあてにならないものはない。<br />
だから、ヒアリングの時も、いかなる時も、ご本人の自己評価は、ご本人が自分自身をどう見ているか、という指標以外には使わない。<br />
（しかし、その指標として自己評価を図ると意外と面白い。）</p><p>The post <a href="https://memo.mamion.net/2017/08/30/26">自己評価の恐ろしさ</a> first appeared on <a href="https://memo.mamion.net">森が木を見ています。</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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