ユーザー視点ということ

どんなに素敵な言葉でも、相手に伝わらなければ意味がない。
すべての要望に応えることは不可能でも、できれば、アナタの願いを叶えてあげたい。
伝わるって、なんだろう?
伝えられるってなんだろう?
生徒さんのSさん(63歳男性)が昨日仰った。
「ほら、解っている事をだらだら話す子っているじゃない、ああいうのって何を聞き取ればいいかわからないから、質問をしてからしんどくなるよね。ピンポイントに答えてくれないのって。」
解っている事を話すのは簡単だ。でも、相手の土壌で話し、相手の言葉で相手の目的に達するために伝えるというのはとても難しい。
ウェブもそうだ。相手が求めること、相手が必要としていることのページに導くまで、きちんと相手の、つまりユーザーの目線で立っているかどうか。
誰もが陥りがちな罠である。自分のいる環境が他人と同じだと思ってしまう。同じバックグラウンドがあると思ってしまう。
言葉一つとってもそうである。黒い大きいの、が、アダプタなのかモデムなのかは電話越しでは解らない。ランプがたくさんピコピコ、のたくさんがいくつなのか、何番目なのか解らない。
その時、解る人は解る言葉で話してしまう。同じものを見ている事を前提に話してしまう。
昔、某社のウェブサイトを見ていたNさんが仰った。「このホームページはユーザーサイドに立っていないね。」私たちに必要なのは、完璧にペルソナを作り、推測するだけじゃなくて、実際にユーザーに気軽な状況で座っていただいてみていただいて、実際に操作していただいて、意見を呟いていただくことなんじゃないだろうか。
これから発表する「家電メーカー9社、シニアユーザーによるユーザビリティ評価」についても、結局どこもキレイにできているサイトだったにもかかわらず、「このサイトは解らない。使えない」と評価されたサイトはユーザー視点に立っていないものだった。多分、本人たちは解らない。「ユーザーの事を考えている」
でも、考えていることはもちろん重要だけれども、好きな人の事を考えて、考えるだけじゃ物足りないのではないかと思う。例えば、カレのためにおやつを作ってあげよう。でも、カレの好物は?食べるシチュエーションは?お弁当を作って「LOVE」なんて書く人はイマドキいるようないないような、でも、そのお弁当を開けたシチュエーションによってはその愛情の伝え方が「伝わるか伝わらないか」は別物なのである。
正直、その環境にたっぷりはまっていたら、今更「ユーザー環境を考えて」なんてことはできないのだ。でも多くの方に出会い、その状況を肌で感じることは重要なのだ。と、思う。