シニアビジネスの現場

10月 18, 2017

RSSで特定キーワードで色々ネットサーチをしていたら、こんな記事を発見
ご存知の方も多いのではないでしょうか。
席を譲らなかった若者

戦後の復興と日本経済の躍進を引っ張ってきた彼らが「よく働いたんだからゆっくり楽しもう」「若い人から尊敬されて当たり前」と思っているのも理解できる。

この記事は、この若者と高齢者の正しい論を語るわけではない。ただ、雑感。
シニア・シルバー層と毎日接していると「ちょっとオトナなのに、その言い方ってあり?」と思うことは正直、多々ある。私がシニアシルバー層ビジネスの最大のネックは現場だ。と常々言っているように、若者が「オトナ・おじいちゃん♪おばあちゃん♪」と理想としている像と、実際は大きくかけ離れているからだ。
だから、私は各種の本を見て「元気でアクティブなシニア」という言葉は実感しているが、あくまでもソレはシニアビジネスを肌で感じない人の言葉だと思っているし、データしか見ていないんだなぁ、とつくづく思う。シニアビジネスってそんな甘いもんじゃない。


このブログから直接お会いしている方にはいつも言っているが、シニア層は「オトナ」ではない。
「オトナ」だと思っているからずれたビジネスしか出来ない。
よく「おじいちゃんおばあちゃんが・・・」という話をなさる方がいるが、そんななまっちょろいモンじゃない。
この話に出ていたご高齢の方も真実だし(全てではないが)、若者も本音だと思う(全てではないが)。
サービス業をしていて、良いサービスを受けられる人と受けられない人がいることがよく解った。
それって、高齢者でも若者でも同じで、例えば料理を食べた後に「ごちそうさま」と笑顔で店員さんに言えるかどうかの違いだとも思う。
一生懸命生きてきたんだから、尊敬してほしい。だって、時代を作ってきたのよ。そういうシニアの声はよく聞かれる。私は時代を作ってきたからこそ、次の世代に最高の形で席を譲る(比喩として)のがオトナ道だと思っている。しかし、今のシニア層にはそういう気持ちは薄い。常に主人公だったから。
と、なんだか取り留めなくなってきたのでどうまとめようか、珍しく考えているのですが・・・。
だらだら書いてみましょう。
Oさんはもうお亡くなりになりましたが、私が出会ったときにはお元気そうに見えて、実は癌でした。
「「私、電車の中で席を譲ってほしいなーと思って、体調が悪いから譲ってもらえませんか?」といったら「あんた若いのに図々しい」って言われて、この若くみえる顔を恨んじゃったわよ。」
見た目では解らない。彼女は1時間も座ってられなかった。まだ50代だったのに、1年前お亡くなりになりました。辛いことが解っているから、人に対しても優しい方でした。
反対にFさんは、私はちょっと苦手なかただったのですが「最近の若い子ってぜーんぜん譲ってくれないのよねー。本当にやんなる。本当に図々しい。立つの辛いのに、失礼しちゃうわよね」と何度か仰っていました。
でも、その姿は、本当に若者よりも元気で、いつも「なんじゃそりゃ。」と心で呟いていたのでした。
今、ご高齢者の像が変わりつつあると思います。世間様ではニューシニアだの新しいオトナ文化だの、持ち上げられていますが、そういうときにこそ、きちんと現場の声を吸い上げ、見せ掛けのオトナに騙されないことが大切だと思っております。
ネオテニー、は会社名ではなくピーターパンシンドロームな大人たち、なのですが、最近日本にオトナが減っていると思うのは私だけではないはず。そういう大人たちと良い付き合いをしていくのが、シニアビジネスの成功の鍵なんだと思う。本音を聞かずして2次元のシニア層と付き合ったって、それは本物じゃない。
私がシニア層をスキかどうかとか、そういうのは愚問であり、団塊世代に上目遣いをされても、パソコン教室で勉強をしにきているというのに「答え教えてよー。えー、わかんなーい、つまんなーい」といわれても、私は人として、よい兄、姉として、先輩としてシニア層が好きなのだ。それが尊敬とか云々ということは抜きで。尊敬は強要されてするもんじゃなくて、自然に湧き上がるものだし。
ただ、オトナの後姿を見て子供って育つんです。
それでなくても少子化なのに、いけてないオトナが増えたら、子供はだれの背中を見ればいいの?
ということで、当社は日々、淡々と良いオトナ文化を創造するために、存在しているのです。
ということで、本日のまとめ。
「オトナ」という言葉に騙されたらシニアビジネスは失敗します。
ということ。