子どもと親

毎年、出身中学に6,7回ほどパソコンを教えに行っている。かれこれ7年くらい経つと思う。
7年前は中学3年生との差は8歳程度だったのに、いつの間にやら干支が一巡し、今じゃ15歳くらい年下の子と接するわけだ。
視点を変えるのにこんなにいいチャンスはないと、平日の昼間にノコノコ指導に出かけている。
昨日は本年度最後の授業。
私の役目は卒研(卒業研究というのがある)の課題をインターネットで調べるときの生徒補助。
補助とは名ばかりで、皆が悪いページ(と、勝手に認識したもの)を見ていないかどうか、教室で騒がないかなどをチェックする、いわばナマハゲのような役目である。「わるいごはいねがー」
最後の授業は卒研の提出日であったため、人の入りが少なく、来た子はすでに提出済みの子ばかり。
なので、たまには中学生としっかり話してみようと、決めた。
というのも、前回のときにKATUN?が好きだと言われ、「それは二人組か」と回答したところ「はあ?」と言われてしまったことも、心に引っ掛かっているのかもしれない。正解は6人組だそうです。
「モバゲーとかってやってるの?」と恐る恐る聞く。
「えー、先輩、モバゲーやってんの?」と驚かれる。
「いやしてないけど」
「私の周りにはモバゲーとかしてないなあ。今はピクシブにはまってる」(画像サイトらしい)
とか
「やっぱりYOUTUBE面白いよね!」とかとか、なんとか、会話はついていけそうだ。
「黒板inいいよね」とか、ほら、私も立派に彼らに混じっている。身長も同じくらいだし。
遊んでいるだけではなく、ちょっとしたワード講座をやってみた。
ショートカットを教えてみたり、画像の動かし方を教えてみたり。
すると、驚いたことに、彼らは、興味を示さない。新しくて、便利な機能だったらもっと興味を示すのではないかと思いきや、「ふーん、でも、私パソコン使えるし」と既存技術からはみ出ようとしない。これは驚きだった。例えば絵を動かすのもがんばってスペースでやったり(なんて効率が悪い)、文字を大きくするショートカットも、まるで覚えるのが面倒臭いという様だった。(これは別に覚えなくても生きていけるけどさ)
たぶん、今のタイミングで習うことではなく、彼らは友達がやっているからカッコイイから自分もやる、というのが過去の流れから見ると、一番技術を入手しやすいんだろう。そういえば、ご高齢者も友達がやっていてかっこいいから、あれをやりたいと入る人も多い。
結局、どういう人と友達であるかということって重要だなと思う。人の種類は「るつぼ」ではなく、「もざいく」なんだろう。これは今日の結論1.
で、その続き。
その子供たちの母世代が弊社に通っている場合もある。
「子どもたちはすぐに使えるからね」「面白いように吸収して」と自分の子供をうらやましがる。
私は、申し訳ないが、あなたの子どもたちはあなたが思っている以上には使えていない、と思っている。
(母校は決して偏差値的にひどいところではない。まあまあである。一応受験して入学している)
確かにインターネットで面白いことを探し出す能力は誰よりも長けている。
世の中を面白がる力も中高年より、三十路より、よっぽどある。
しかし、基礎知識は教えないと自ら吸収できる子は稀である。
学校で教えてもらっているというのは幻想である。
学校で数学だって、歴史だってきちんと教えられているのに、興味を持たないのと同じ感じで、学校で教えられているからパソコンができるわけではない。友達同士でYOUTUBEを教えあって喜んでいるくらいだ。
結局、お母さん世代は「パソコンが使える」ってよく解らないので、子供がパソコンに向かっているだけで使えると思ってしまう。で、彼らは新しく覚えるきっかけを失ってしまう。それってもったいない。結局、親がしっかり学んでいるか、新しい知識を恐れずに得られるかで子供の学ぶ姿勢が変わる。得られる知識の幅が広がる。
結局、両親でも、塾の先生でも、学校の先生でもいい。
勉強を上から押し付けるんじゃなくて、キラキラ楽しそうに語ることができる人が、その教科を通じてキラキラすれば、子供たちも興味を持つんじゃないかなあ。と思う。
話が脱線し始めたので、簡単にまとめると
パソコンを使えない親の子供は子供も結局パソコンが使えないし、(使っているふりはしている・きちんと教室に通えば別)パソコンが使える親で、尚且つパソコンの楽しさを子供に伝えつつ、キチンとコミュニケーションができている親子は、子供もパソコンが使えるようになる。
使えるからって何だ、と言われそうだが、効率の良さが使えるか使えないかで大きく変わってくる。
そしてさらに雑感。同じ中3にして、学べる子(知識を吸収しようとし、さらに上の知識を求める子)、学べない子(つかえているふりをする子)がハッキリ差がでていて、それって、親力なんじゃないかな、と、思う。
この記事はつぶやきカテゴリなので、話が散らばることはお許しいただきたいが、
つまり、親が勉強を楽しめない場合、子供も楽しんでいないし、勉強の必要性を感じない。だから、忘れてしまう。
この世で何よりも、親って職業はとてもとても重要なんだなあ。としみじみ感じた。今日の結論2.